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2010年04月21日(水曜日)
読んだ本レビュー:武士ズム - 小林よしのりvs堀辺正史 -
武士ズム~小林よしのりVS堀辺正史~ 
著者:小林よしのり、堀辺正史
出版社:小学館
出版年月:2008/01
目次
【第一章】
■日本の武士は世界一の首狩り族である。
アントニオ猪木も叩いた「堀辺道場」の門
自分の「身を殺す」のが武道の真髄
西洋人にはわからない美意識
武士道精神をなくした戦後日本
生き残ればいいというだけの奴隷根性
いまこそ日本には「惻隠の情」が必要だ
「斬り捨て御免」に対する大きな誤解
【第二章】
■我らが失明体験、「心の目」でこそ見えるもの
目にメスを入れることへの不安
国家は左翼も右翼も守らなければならない
「術後」の格差社会を説明しなかった改革
戦後の日本は悪い意味の「独眼竜」になった
倒幕の志士も白虎隊も共同体のために個を捨てた
武士の心情は「俺はもう死んでいる」
資本主義的拡大再生産への疑問
株価のために独立が脅かされている台湾
剣豪が授けた「目を閉じる」作戦
伊藤一刀歳の「二つの目付」
【第三章】
■武士道究極の処世術「武備恭順」とはなにか
小林よしのりの「悩み」
「功名が辻」とは「自己実現の交差点」
意外とドライに妥協していた侍
ホリエモンと村上世彰の醜い処世術
大英帝国の植民システムとしてのボクシング
ジャンプ競技のルール変更と東京裁判の事後立法
勝利のガッツポーズにはがっかりする
中国のハニートラップを批判する「平和ボケ」
平和を模索した上でたどりついた「最終解答」
「武備」そっちのけでアメリカに「恭順」する親米保守
【第四章】
■「天皇と武士」の考察なくして「美しい日本」を語るなかれ
「富田メモ」に動揺した保守派
古代にまで遡った天皇論
幕末の内憂外患から生まれた武士の「国家論」
王者とは何か?覇者とは何者か?
神道の「ローマ法王」としての天皇
近代国家で「天皇親政」は不可能
天皇の私的メモはあえて無視するのが責務である
左右両極からスタートして真ん中で出会った二人
「デモクラシー」は幼稚極まる「低脳哲学」?
許されるテロ、許されないテロ
安易にレッテルを貼る「言論テロ」
【第五章】
■「いじめ自殺」と「恋愛」、ひとつしかない命の使い方
いじめから「逃げろ」という識者たち
戸塚ヨットスクールに足りないもの
国家のいじめを見過ごす平和主義者
ヒューマニズムを誤解した戦後日本人
弱肉強食を忘れた「お坊ちゃん」の思想
「バッファロー」と「旧日本兵」は同じ弱者
「エロス」と「アガペー」の相違点
「君のためなら死ねる」と言える恋愛
夜道で愛してもいない女を守る理由
「知識人生命」を守るためにタブーを冒せない言論人
【第六章】
■世界に武士を知らしめた!これが「ハラキリ」だ!
左翼に利用された武器商人の大ボラ
「戦前は暗かった」という大誤解
斬りたくて斬りたくてムラムラする
開国の前に「攘夷の一戦」を
彦島の香港化を防いだ高杉晋作の交渉力
「亡国の開国」を防いだ観念と直情
日本近代史の運命を決めた元治元年
大東亜戦争を理解するための“三つ巴”の構造
「ハラキリ」を世界に知らしめた日
武士道と騎士道の出会い
【第七章】
■あえて言う。「相撲の歴史」は「八百長の歴史」である
今なぜ『平成攘夷論』なのか
論壇誌、ワーキングプア特集の姑息
「国士」という言葉の誕生
従順な羊でなく狼として一発かます
黄色人種の白人コンプレックス
「宙に浮いた年金5000万件」の責任の取り方
命懸けの実力行使をためらう警察
裁判員制度の導入で死刑は廃止になる?
「独り相撲」は「愚かな行動」のことじゃない
明治の西洋化の中で「国技」となった相撲
【第八章】
■遂に明かされる「壮絶の半生」、我が「テロルの決算」
国技を襲ったリンチ事件
「一本」の価値観を世界に発信できない柔道の危機
4歳で味わった空襲体験
傷痍軍人をいたわった母の思い出
遅れて来た軍国少年
民族主義団体との出会いから北一輝まで
父から教わった骨法の「伝説」
ヤクザに刃物を突きつけられた母のひと言
アントニオ猪木との因縁
ゴーマニズム宣言を読む前にやるべきこと
あとがき
●日本人の劣化現象に警告を発す 堀辺正史
●武士道を論ずれば癒されるとは… 小林よしのり
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★私のレビュー
堀辺正史氏のことはこの本で初めて知りました。とにかく武道家・堀辺氏の歴史知識の深さに驚きました。特に『武士道』についての認識を新たにすることができたので良かった。
武士というと、権力者や特権階級というようなイメージをいだきがちですが、そういった誤った見方を払拭してくれます。現代にこそ必要な価値観、考え方に触れられる一冊です。
現代の「二人の侍」による対談。大いに感動しました。
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投稿者 zunichi : 21:17 | コメント (0) | トラックバック (0)
2010年04月10日(土曜日)
ニコニコ生放送をはじめてみた
みなさん、お久しぶりです。既にご存知の方もいると思われますが、遂にニコニコ生放送にデビューしました(笑)。
まあ喋りは全然得意じゃないんですが、少しづつ上手くなれればとも思います。生放送を開始した時はTwitterにお知らせが自動投稿されます。今のところ、決まった日時でやっているわけではありませんが、そういう企画放送も後々やっていきたいと思っております。何かリクエストがありましたらどしどしお寄せください。
うーん、やっぱりブログに文章書くほうが楽だな(笑)。
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投稿者 zunichi : 02:22 | コメント (2) | トラックバック (0)
2010年04月03日(土曜日)
心理的「影響力」で乱れる、人間の判断
いくら情報リテラシー能力を磨いても、心理的な「影響力」によって人間の判断は狂ってしまうものです。人間には心があり、感情や本能があります。全てを理性的に或いは論理的に判断しようと思っていても難しいものです。では人間の判断にはどういった「影響力」が作用するのでしょうか?。7つの例を紹介します。
(1) 「機械的な反応」
同じ宝石でも高い値札にしたほうがよく売れる。「高価=良質」という判断が働く。人間の行動の多くは自動的、紋切り型である。
(2) 「コントラストの原理」
人間の知覚にはコントラストの原理がある。二番目に提示されるものが最初に提示されるものとかなり異なっている場合、それが実際以上に最初のものと異なっていると考えてしまう傾向がある。
(3) 「返報性」
他人がこちらに何らかの恩恵を施したら、似たような形でそのお返しをしなくてはならないという強迫観念。
(4) 「コミットメントと一貫性」
馬券を買った直後では、買う直前より、自分が賭けた馬の勝つ可能性を高く見積もってしまう。いったん決定を下したり、ある立場を取ると、そのコミットメントと一貫した行動を取るように、個人的にも対人的にも圧力がかかる。
(5) 「社会的証明の原理」
我々は他人が何を正しいと考えているかにもとづいて物事を正しいかどうか判断する。
(6) 「好意」
自分が好意を持っている知人から何かを頼まれると、ほとんどの場合承諾してしまう。
(7) 「権威」
権威あるものに盲目的に服従する傾向。
以上のような「影響力」が、人間の心理に作用している代表例になります。如何でしょうか?。一つや二つは身に覚えのあるものではないでしょうか?。
私自身、過去の行動を思い出してみると、どれも当てはまるような行動を一回はとってるなぁと思います。
これらの人間の心理的特性を踏まえた上で注意して頂きたいのは、何らかの交渉などの場面で、意図的に利用しようとする人たちもいるということです。分かりやすい例で言えば、悪徳商法などを行っている人たちは、説得術としてこれらの人間心理を大いに利用していると思われます。
とはいえ、悪いことにばかり利用されるわけではなく、勿論、良いことに利用することもあるでしょう。格闘技などを習っている方が、その力をどう使うのか?ということに似ています。しかし、悪用する人たちは少なからず必ずいます。
人間は常に何らかの判断を下しながら生きていますが、自分が下した判断、下そうとしている判断が誤った方向にいっていないかどうかを見極める予備知識として踏まえておくとよいと思います。
--- [ 引用&参考書籍 ] ---
心理諜報戦 (ちくま新書)
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投稿者 zunichi : 05:17 | コメント (0) | トラックバック (0)
2010年03月30日(火曜日)
読んだ本レビュー:平気でうそをつく人たち - 虚偽と邪悪の心理学
平気でうそをつく人たち―虚偽と邪悪の心理学
M.Scott Peck 
著者:M.スコット・ペック
翻訳:森英明
出版社:草思社
出版年月:1996/12
目次
■はじめに - 取扱いに注意
■第1章 悪魔と取引した男
ある脅迫神経症患者の場合
■第2章 悪の心理学を求めて
モデルと神秘について
生と死の問題
ボビーとその両親
邪悪と罪悪
ナルシシズムと意志
■第3章 身近に見られる人間の悪
ロジャーとその両親
ハートレーとサラ
精神病と人間の悪
ブードゥー教の夢
クモ恐怖症
■第4章 悲しい人間
はじめに混乱あり
子供か大人か
自分だけのやり方
すてきな機械の夢
勝利なき戦い
邪悪と権力
■第5章 集団の悪について
ソンミ村虐殺事件
個人の悪と集団の悪
集団の責任
■第6章 危険と希望
悪の心理学の危険性
愛の方法論
■訳者あとがき
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★私のレビュー
この本はアメリカの精神科医である著者が、「虚偽の人」「邪悪な人」と判断した人達について書いた本です。
一般に「悪い人」として思い浮かぶのが「犯罪者」だと思います。しかし、この本で書かれている「邪悪な人」というのは連続殺人を犯したような凶悪犯罪者でもなければ、何らかの法を犯して警察に捕まるような人ではなく、ごく普通にいる人に焦点をあてて書かれています。
この本で語られている人たちの特徴
●どんな町にも住んでいる、ごく普通の人。
●自分には欠点がないと思い込んでいる。
●異常に意志が強い。
●罪悪感や自責の念に耐えることを絶対的に拒否する。
●他者をスケープゴートにして、責任を転嫁する。
●体面や世間体のためには人並み以上に努力する。
●他人に善人だと思われることを強く望む。
いろいろな事例のなかで、僕が一番印象に残っているのが「ボビーと両親」・「ロージャーと両親」の話です。
この内容はいづれも、子供を追い詰める・子供の気持ちをまったく意に介さない・しかし自分たちの非は絶対に認めない、といった両親の話です。うつ病などの病気を発症しているのは子供のほうだが、原因は子供には無く親にあるという代表例です。
どこにでもいそうな人たちの中に「邪悪な人」がいるということをいろいろな例をもとに書かれています。ある意味では危険な本であり、この本の「はじめに」の部分にも「本書の取扱いには十分に注意してほしい」という著者の呼びかけもあります。無用な偏見や差別心を抱くことのないように気をつけてください。
人間の心理に興味のある方におすすめですが、取扱いに注意して下さい。
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投稿者 zunichi : 04:13 | コメント (0) | トラックバック (0)
2010年03月28日(日曜日)
読んだ本レビュー:FBI心理分析官 - 異常殺人者たちの素顔に迫る衝撃の手記
最近、読んだ本ではありませんが、おススメですので紹介したいと思います。
FBI心理分析官―異常殺人者たちの素顔に迫る衝撃の手記 (ハヤカワ文庫NF)
Robert K. Ressler 
著者:ロバート・K・レスラー、トム・シャットマン
翻訳:相原真理子
出版社:早川書房
出版年月:2000/12
目次
1 吸血殺人鬼
2 怪物と闘う者
3 殺人犯との面接
4 暴力に彩られた子供時代
5 新聞配達少年の死
6 秩序方と無秩序型の犯罪
7 プロファイリングとは何か
8 偽装―ごまかしのパターン
9 殺人は繰り返されるか?
10 二人のショー
11 プロファイリングの未来
解説 / 福島章
索引
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★私のレビュー
最近の本ではないですが、何度も読んでる本です。
アメリカで起こった数々の凶悪殺人・異常殺人とその犯人について、FBIの心理分析官だったロバート・K・レスラー氏が綴ったもの。映画『羊たちの沈黙』などの題材にもなっています。
私としては、単純に何十人もの人を殺すような人、殺した人間の血を飲むような異常殺人者とはどんな人間なのか?という興味で読みました。簡単にこれらの殺人者を分類するならば、衝動的なタイプの人と計画的なタイプの人がいるということが分かりました。また、この本で扱われているような残虐な殺人を行う犯人と言うのは、精神的に相当な病を抱えているか、殺人に対する抑え難い衝動や欲求を持っているということが書かれており、ある種の人間研究としてすごく興味深く読めました。
犯罪者心理などに興味のある人はとても面白く読めると思います。こういった犯罪者を犯行の状況から割り出すための、プロファイリングという技術がどのように熟成されていったのか、その重要性なども解説されています。
グロテスクな描写表現が多いのでその点はお気をつけ下さい。
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投稿者 zunichi : 10:25 | コメント (0) | トラックバック (0)
2010年03月24日(水曜日)
皇位継承問題を発端とした水島総氏と小林よしのり氏の対立について考える
この件については、今までに2回、
●小林よしのり氏著 ゴー宣 天皇論 -追撃編- 「陛下のご真意を無視できるか?」(SAPIO 3月10日号掲載)に対する水島総氏(日本文化チャンネル桜 代表)の批判について(2010年2月23日投稿)
●小林よしのり氏のゴー宣内での水島総氏批判は「捏造」や「デマ」であったのか?(2010年3月2日投稿)
上記の記事を投稿しました。特に2回目の記事にはコメントを下さった方やトラックバックしてくださった方も当ブログには珍しく(苦笑)いらっしゃり、また、アクセス解析を見ても関連のキーワードで上記の記事へ訪れてくれている方々が結構いらっしゃり「チャンネル桜ファン」や「小林よしのりファン」には関心の高い出来事となっているのだと思います。
肝心の皇位継承問題に関する討論は予定通り行われ、4時間半にわたるそれなりに充実した議論になっていたと私は思います。この討論で、各先生方から出された論点についてはまとめて、当ブログにも掲載しようと思っておりますので今しばらくお待ち下さいませ。
しかし、この討論を経ても水島総氏と小林よしのり氏の対立は解消することはなく、チャンネル桜での番組「ゴー宣チェリブロ」の継続がかなり難しい状況になっているようです。
私はチャンネル桜の二千人委員会に入っている者です。一視聴者の意見ですが、小林よしのり氏と笹幸恵氏による「ゴー宣*チェリブロ」はチャンネル桜の番組内でも3本の指に入る面白さでした。この番組が無くなるのはチャンネル桜にとっても惜しいし、日本にとっても惜しいです。私はそう思います。
今回の件については私はどうしても水島総氏の対応・言動のほうに多くの問題を感じています。水島総氏が体を張っていろんな行動を起こし、チャンネル桜という真っ直ぐなメディアを運営されていることは凄いと思うし、尊敬も信頼もできる方だと頭では思っています。しかし、今回の皇位継承問題に関わる小林よしのり氏や高森明勅氏に対する言動などをみて、少し気持ち的に引いてしまった、冷めてしまった部分があります。人間の気持ちとは正直なもので、今まで毎日のようにチャンネル桜の番組を見ていた私も、ここ一週間ほど前から見る量はかなり減ってしまいました。
しかし、チャンネル桜を凌ぐメディアは存在しません。「仕抹に困るメディアであり続けます」というのがチャンネル桜の社是のようなものの中にあったかと思いますが、小林よしのり氏は正に「仕抹に困る輩」(笑)だと思います。つまり、チャンネル桜にふさわしい出演者だと私は思うのです。
今回は感情論ばかりですので、このあたりにしておきます。皇位継承問題という一点のみがこじれている原因だとも思うのですが、結果が良い方向に出てほしいと願うばかりです。
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投稿者 zunichi : 02:41 | コメント (0) | トラックバック (1)
2010年03月18日(木曜日)
「ネット書き込みでの名誉毀損めぐり最高裁が初判断 有罪判決確定」を考える
先ずは、下記のニュース記事をご覧下さい。
【MSN産経ニュース】
ネット書き込みでの名誉毀損めぐり最高裁が初判断 有罪判決確定
2010.3.16 18:00ラーメンチェーン店の運営会社が「カルト集団」と関係があるかのような書き込みをインターネットのホームページ(HP)に掲載し、名誉を傷付けたとして、名誉棄損罪に問われた会社員、橋爪研吾被告(38)上告審で、最高裁第1小法廷(白木勇裁判長)は、橋爪被告側の上告を棄却する決定をした。1審東京地裁の無罪判決を破棄、罰金30万円の逆転有罪とした2審東京高裁判決が確定する。決定は15日付。
ネットの書き込みで名誉棄損が成立するかどうかについて、最高裁が判断を示したのは初めて。
同小法廷は「個人がネットに掲載したからといって、閲覧者が信頼性の低い情報と受け取るとは限らず、ほかの表現手段と区別して考える根拠はない」と指摘。その上で、「不特定多数が瞬時に閲覧でき、名誉棄損の被害が深刻になり得る。ネット上での反論で被害回復が図られる保証もない。ネットだからといって、より緩やかな要件で同罪の成立を否定すべきではない」と結論づけた。
1審は「ネットは利用者が自由に反論でき、情報の信頼性も低い。故意のうそや、可能な事実確認をしなかった場合に名誉棄損罪が成立する」との基準を示し、無罪とした。しかし、2審は「ネットで真実ではない書き込みをされた場合、被害は深刻になる。ネットは今後も拡大の一途をたどると思われ、信頼度の向上が要請される」などとして、名誉棄損を認めた。
判決によると、橋爪被告は平成14年、自らのHPにラーメンチェーン店の運営会社を「カルト団体が母体」などと中傷する書き込みを行った。
※引用元URL
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/100316/crm1003161802029-n1.htm
何年か前にこんなことがあったような気がする、という程度のうろ覚えの事件ですが、裁判では「名誉毀損で有罪」が確定したようです。私は、当然の判断だと思います。
私自身もインターネットを利用することが日常的になっている人間ですが、「ネット」と「リアル」を変に区別したり、分けて考える人が時々いらっしゃるのですが、前提として「同じように」考えるべきでしょう。何故なら、「ネット社会」とは「リアル社会の一部」だからです。勿論、ネット特有の部分やネットにしか存在しない物事なども部分的にはあります。しかし、社会的なルールなどは別で、治外法権で別次元の世界というわけではありません。そこを間違えて理解してしまい、「ネットは自由で何でも許される」かのような感覚に陥ってしまう人が、このような事件を起こしてしまうのだと思います。
「ネットでの掲示板などへの書き込み」というのを、リアルの世界で例えてみると、街中で何かを書いた看板や横断幕を掲げた、或いは空白の場所に何かを書いたようなものです。ただ、「街中」と言っても殆ど人が通ることはない場所もあれば、常に人通りの激しい場所もあり、人に見られるかどうかや、どの程度しっかりと見られるかは分かりません。しかし、このような行為をリアルでする人は、よっぽど確信犯的な人でない限りやらないでしょう。何故なら、それなりの「リスク」を覚悟する必要があるからです。ネットなら、その「リスク」がかなり低い、或いは殆どないと判断して、このような名誉毀損行為をしている人がいるのなら厳しく取り締まられるべきです。
1審の判決で、「ネットの情報の信頼性が低い」という判断を示した裁判官はきっとネットを知らない方なのだと思います。ネットには、ゴミやノイズと言っていい情報も多くあるのは確かですが、テレビ・新聞・雑誌・書籍を凌ぐ信頼性や速報性のある情報もまた多いのです。それらの情報の信頼性が高いか低いかというのは、情報の受け手である各人の判断に委ねられるわけですから、実際に風評被害が全く無かった場合はともかく、そうでなければ虚偽の流布による罪はあると思います。
私自身、ネットでブログをやっていますが「いつ誰に見られるか分からない」ということは前提として覚悟してやっています。政治的な事柄に対する発言、プライベートなこと、仕事に関すること、グラビア画像(笑)など、それらを見てどのように思われるかは全くわかりません。気分を害される方や、悪く思われる方もいるでしょうが、それはそれで仕方がないと思ってやっております。私が自分の人間性について隠したり、一部誤魔化したりして人間関係を築いていけるような器用な人間ではないということでもありますが(笑)。
とにかく、ブログなどをやろうと考える人はある程度そういう覚悟が必要になりますし、そこまで考えたくないという人はSNSなどの公開範囲限定の日記などを利用されればよいと思います。
ルールやマナーは前提としながら、自分にあったスタイルでネット生活を楽しみましょう。
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投稿者 zunichi : 00:52 | コメント (0) | トラックバック (0)
