« 台湾人の訴えを聞こう!「日本人は清潔」 | メイン | NHK「国内番組基準」を見てみる »

2009年05月06日

考えや思考が偏りがちになるのはなぜか?

Category:[ 情報リテラシー ]

最近、政治的なエントリーばかりですが、この種の情報を発信することで心配になるのは、何らかの誤解を与えてしまったり、偏見を持たれてしまう事です。人間はどうしても偏ったものの見方や考え方に陥りやすいものですが、それは何故なのか?を考えてみたいと思います。今回は、萩上チキ著「ウェブ炎上 ---ネット群集の暴走と可能性」を参考にします。


●考えが偏りがちになるのはなぜ?

-------------------->
人はもともと、情報のフィルタリング、取捨選択やふるい分けを行いながら日常生活を送っています。人は誰しも自分の見たいものを見たがるし、自分の見たくないものは見たがらない。見たいものを見たら喜ぶし、見たくないものを見たら不快な気分になる。

人は多かれ少なかれ情報のフィルタリングを行うことで、自らの世界観をメンテナンスしながら管理しています。

どんな街に行くか、どの新聞を読むか、図書館のどのコーナーに行くか、どのようなサークルに入るか、何の仕事に就くか、どの人に話題を振るか、どんな服を身につけるか・・・。
(ウェブ炎上 P75~76より)
<--------------------

このように私たちは、自分の嗜好によって情報を選んで取得しているわけです。考えてみれば当然ですね。人は基本的に「快」を求めていて、わざわざ「不快」になるようなものを見たり聞いたりしたくないのですから。

そして、この傾向はインターネットを利用することで、より「加速」します。

-------------------->
インターネットを利用する各人は、意図的であれ非意図的であれ、常にある程度の情報のフィルタリング(情報のふるいわけ)を行っており、興味のある情報、知りたい情報などを選別しています。ウェブ上で人は、自分が知りたいと思う情報を収集します。あなたが検索をしているとき、調査に不要な情報を除外しながら、求めていた情報にたどり着こうとするでしょう。

<中略>

個人の先入観に基づいて他者を観察し、もともと持っていた考え方や偏見にとって都合のいい情報だけを集め、それにより自分の先入観を補強することを確証バイアスと呼び、そのようにして印象深い記憶のみが強調されることをセレクティブメモリ(取捨選択された記憶)と呼びます。

<中略>

情報収集の仕方や態度によっては、どんな人であれ確証バイアスやセレクティブメモリを強化し、偏見を強めてしまう場合があります。それはウェブ上でも同様ですが、インターネットは高度に個人化(パーソナライズ)されたメディアであるため、なおのこと自分にとって望ましい情報環境を作りやすい。
(ウェブ炎上 P64~66より)
<--------------------

誰しも「先入観」や「偏見」は大なり小なり持っているものです。気をつけないと、それらの先入観や偏見が「間違っていない!」「正しいんだ!」という確証を得たいだけの情報収集になってしまい、先入観や偏見を強化しただけになってしまいます。

私自身は、今までも発信する情報は「正確であること」や「先入観を植え付けたり、偏見的でないこと」に気をつけているつもりですが、今後ともその点は気をつけていきます。

ただ、そうはいっても全ての情報をそろえてから判断する、などということは現実的には殆ど不可能なことです。物事の本質を見る目を養い、どこかで覚悟を決めて「決断」を下しながら進むしかありません。


--- [ 参考書籍 ] ---
ウェブ炎上―ネット群集の暴走と可能性 (ちくま新書)
荻上 チキ
4480063919




投稿者 zunichi : 2009年05月06日 00:13




トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://zunichi.net/cgi/mt/mt-tb.cgi/267

コメント

コメントしてください




保存しますか?

(書式を変更するような一部のHTMLタグを使うことができます)